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粋な計らい

出会い

外井から提案受けた翌週の日曜日。
私はお供を連れずに、はばたき市まで来ていた。
学校の知り合いと会っても、伊集院レイとはわからない格好をしているけど、年には念を入れて、はばたき市まで来た。
それなのに…。

「ねえ、彼女、一人? よかったら、おれとどこか行かない?」
駅のターミナルに出た途端、男に声をかけられてしまった。
「いえ、結構です」
「そう冷たくしないでもいいじゃん? 俺、いろんなところ知ってるよ」
「結構です!}
何度、断っても、しつこく食い下がってくる男に、心底私は困り果てていた。
はずかしげながら、ナンパなんて、生まれて初めてだったから、撃退法なんてわからなかったから。
そんなとき、
「兄さん、悪いな。彼女、俺の連れなんだ」
としつこい男と私の間を割って入ってきたてくれた人がいた。
その人の顔を見て、私は息をのむ。
まさか、会うと思っていなかった彼だったから。
「レイ、待たせてごめん。待たせたお詫びに、お茶でもおごるよ」
男にも、私にも反論を与える間もなく、彼ははた目から見ると正当な理由で私をその場から救い出してくれた。
私は、彼が私のことをレイと呼んだことと、誰にも会いたくないと思ってやってきたはばたき市だったのに彼と出会ってしまったことに、少し頭が混乱していた。
そんな私を彼が連れてきてくれたのは、駅からそんなに離れてないが、わかりにくい場所にある喫茶店だった。
場所柄か、私達以外客はいなく、出迎えてくれた年配のマスターは、奥の区切られた席に、私を案内してくれた。彼はマスターに頭を下げて、カウンターに向かったみたいだった。
「ご無事で何よりです。お嬢様」
席を案内してくれたマスターがそう言ってきたので、私は驚いて、彼の顔をまじまじと見てしまった。
「えっ、外井なの?』
思わず、私がそう呟くと、数年ほど前に、退職した見覚えのある顔が笑顔で答えてくれた。
「そうです。お嬢様。今は余生をこの喫茶店で過ごさせていただいております」
「外井の入れてくれるお茶は美味しかったものね。もしかして、今日はお休みなの?」
「はい。今日はお嬢様の気分転換と我が弟子の最終テストも兼ねて、このような事をさせていただきました」
外井のその言葉に、私の知らない所で、色々な物事が起こっていたらしい事を察した。
「もしかして、彼、私の正体知っているの?」
「ご存知でおられます。この二年間、お嬢様のために頑張ってこられました」
一流大学にも余裕で受かるであろうと噂されている彼の姿を思い浮かび、私は驚く。
今まで、彼は藤崎さんのために、頑張ってると思っていたから。
「そうなのね。知らなかったわ」
「光輝様が許可されるまで、誰もその事を告げないというのが、第一条件でしたので…」
外井の口から出てきたお爺様の名前に、私はため息しかつけなかった。
伊集院家の絶対支配者、お爺様。彼の意思には誰も逆らえない。
二年間というと、丁度、彼と廊下でぶつかってしまった後ぐらいよね?
その時から、彼は私の正体に気づいてたという事?
「お待たせいたしました」
私の考えを遮るかのように、彼が、お盆に三人分のカップを乗せ、やってきた。
そして、丁寧な手つきで、私の眼の前に、茶色の液体が入ったカップを置いてくれた。
「どうぞ」
そして、隣のテーブルに一つ、私の眼の前に一つ、置くと、目の前の席に彼は座った。
「いただきます」
真剣に私を見てくる彼を感じながら、私はカップに口をつけた。
ほうじ茶の香りが口の中に広がった事で、カップの中身が私の大好きな、ほうじ茶チャイだという事が分かった。好みの味に、しらずしらずのうちに私は笑みを浮かべていた。
「美味しい…。ありがと』
私の感想に、彼も笑みを浮かべてくれる。
「では、お邪魔虫は退散いたします。ごゆっくりおくつろぎください」
カップを持って、外井がこの場から立ち去って、沈黙だけがその場を支配した。
その沈黙を破ったのは、彼だった。
「伊集院、ごめん。先ほどは呼び捨てしてしまって』
「大丈夫よ。あの場合だったら、あれが一番効果的だと思うから。私も驚いてしまったけど…」
少し悪戯っぽく微笑んだ私に、彼は照れ臭そうに頭を掻く。
「師匠にはどこまで聞いた?」
外井を師匠と呼ぶ彼に、彼が外井から指導されたのがお茶だけでない事を察してしまい、内心、私は彼に頭を下げた。
「二年間、私のために頑張ってくれてたって事とお爺様に口止めされてたって事を聞いたわ。いつ、私の正体に気がついたの?」
「気づいたというか、知ったのは廊下で君とぶつかった後かな。入試の時に一目惚れしてしまった女性と、ぶつかった時の君の表情が似ているのが気になって、調べ出したんだ。最初、知った時は驚いたよ。今どきそんな家訓があるとは思わなかったから」
「そうでしょうね。どうして私ばかりとは思ったわ。妹のメイは普通に過ごせてるのに…って。正体を隠すために、妹とも親しく話せないのよ。最悪よね…」
「いろんな思惑で、この家訓はあるらしいけど、当事者は辛いよな。これからは俺も君を支えてあげられると思うから、よかったら、頼りにしてくれ」
「ありがとう。嬉しいわ。あなたも色々大変だったと思うけど、そっちは大丈夫だったの?」
「大変だった事は大変だったけど、君とこれからの人生を歩くためと考えて、頑張ったから、辛くはなかったかな。ある一定の基準を超えないと、会うことも許さないと言われていたから」
この二年間で、頭脳明晰、スポーツ万能のイケメンになってしまった彼は照れ臭そうに笑った。
彼が素敵になっていっているのは、嫌味をぶつけている私も気付いていた。けど、まさか私のためと思っていなかったから、余計に嫌味を言ってしまっていた。彼にそこまで想われている藤崎さんがうらやましくて…。
「ごめんなさい。いつも嫌味ばかり言ってしまっていて…」
「いや、嬉しかったよ。君が俺に気をかけてくれている証だと途中から気づいたから。いつも俺を見守ってくれてありがと」
謝ったのに、逆にお礼を言われて、恐縮してしまう。
「こちらこそありがとう。私のために頑張ってくれて。諦めるしかない恋だと思っていたら、本当に嬉しい」
「それは良かった。これからも大変だと思うけど、全力で君を支えると誓うからよろしく」
机を挟んで、手を差し出してきた彼の手を、私は握る。
「こちらこそよろしくお願いします」
家を出発するまで想像していなかった展開に、心を震わせながら、彼に笑顔を向けた。
彼の言う通り、これからもいろんな事は起こるであろう。
だけど、大丈夫だと思う。
諦めないで想い続けた二人なら。
彼の顔を見、手を握り続けながら、私はそう確信していた。

END

2018年5月2日作成
2018年5月2日更新
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